ソウルから山形へ
海を越えて伝播する神話とアートの現在形
2008年6月3日から28日まで、ソウル市にある現代美術館「TOTAL MUSEUM」で開催された『Myth in us』展は、イー・ブルやチョー・ドキュンら韓国を代表するアーティストたちの作品とともに、学生部門『CLASS
ROOM PROJECT』を設置し、韓国と日本でアートを学ぶ若者たちが、“私たちの神話(その今日的解釈)”をテーマとするワーク・イン・プログレスをおこなった。
『Myth in us/私たちの神話』山形展は、ソウルでの『CLASS ROOM PROJECT』に参画した芸術大学のうち、梨花女子大學校造形芸術学科生20名と、東北芸術工科大学の10名が、東北芸術工科大学キャンパス内の3つのギャラリーで、日本巡回にあわせて新たにカスタマイズした絵画、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンスを発表した。
学生たちの作品群と制作プロセスには、サブカルチャー、土着、民話、風水、都市伝説…等々、様々な文化的コンテキストに関するユニークな解釈や引用が散りばめられ、トリックスター的な身振りで閉鎖的な現代社会を攪乱するクリエイティビティーに溢れていおり、本展『Myth
in us』の展観は、東アジアの新世代における“リアルの在処”とともに、日本と韓国の“神話”が今日に至るまで辿ったメタモルフォーゼのビジョンを指し示すことでしょう。
展覧会リポート→(DIARY/http://gs.tuad.ac.jp/museum/index.php?ID=95)
●Selected Works(Photo by Kang Chulgyu、Kang okjoo)
「Infinite journey」 パク・ミンハ|Park Min Ha
私は電気ソケットを見るたびに、「その電気がどこからくるのか?」が気になっていました。電気ソケットの穴からイメージや音楽がやってくるからです。「神話」もまた、私たちがどこからきて、どこへ向かっているのかを語っているのだと思います。人生と死が、どこから来て、どこへ還っていくのかも解らないのですから、私たちは私がコネクトしたこのこんぐらかった電気ソケットのように、ひとつの起源からはじまり、果てしない旅を続けているのです。(パク・ミンハ)
「アカシックレコード」 金子富之|Tomiyuki Kaneko
日本の歴史は妖怪を廃絶し勝者の人間が光を獲得してきた。もちろん、妖怪とは負けた人間である。彼らは妖怪視されその記録も日本の神話である。そしてその敗者の幻影は様々な分野に投影される。たとえば、唯識論の第七識の魔境。長い時間をかけ古層にふりつもった妖怪達にスポットを当てたい。(金子富之)
「Secret Path」 セオ・ジェジュン|Seo, Jae Jung
私は韓国神話における「通過儀礼」(The intermediate state)のためのある種の「入口」と、象徴的な建築物のエントランスとの関連性に関心があります。私は興味深いいくつかの現実の入口を通り抜けながら、その場所がどんな秘密を持っているのかといつも想像してしまいます。日常の場所が神話的な空間に入れ替わってしまうような経験を絵画化しているのです。(セオ・ジェジュン)
「毎日訪れる1日」 新関俊太郎|Syuntaro Niizeki
ソウルの「Myth in us」展の会場に僕が持ち込んだのは、日本の海岸に漂着した主に朝鮮半島からのゴミだった。島国に暮らす僕は、これらの漂着物によって海外にくらす「彼女ら」を知った気がする。ゴミを届けることで、「彼女ら」にこの場所で暮らす僕たちの存在を知ってもらいたかった。山形の展覧会では、さらに多くの漂着物によって、「僕ら」と「彼女ら」を隔てる海という境界線を仮設した。ここではその境界線そのものが流れて漂っている。そんな不確かな巨大なラインを跨いで、日が昇り日が沈む。夕日や朝日を眺めながらサーフィンをしたり作品の素材を集めたりして海岸で過ごしているとき、現実には確かに存在している境界が一瞬なくなってしまうようないい気持ちになる。まるで「神話のはじまり」を感じさせる光景だ。(新関俊太郎)
「Youki’s Journey」 カン・スミン|Kang, Soo Min
私はいつも歩行や旅をテーマに作品を制作しています。私の新作は、ソウルでの新関俊太郎さんの作品と相対関係を示しています。彼は日本と韓国の間にまたがる海についての作品を発表しました。そして私は今回、韓国側の海岸で日本海を撮影しました。その場所は新羅の時代、王朝にとって重要な港でした。その港町は今日のソウルのような首都でした。おそらく過去に、私たちの文化はそこを拠点になんらかの交流をおこなったはずです。そこには当時もっとも偉大な王だった文武王の墓があります。日本海は現在、互いの国にとって外交的な問題を抱えていますが、私はあえてこの海の歴史に言及することで遥か昔から続く私たちの活発な交流の証を示したいと思います。(カン・スミン)
「The shadow of absence」 ジョン・ソンジュ|Jeong, Seon Ju
「Myth in us」は記憶として存在しない。しかし、多くの神話の要素はコード化され生活の底辺に敷かれていることを確認することができる。過去には自然のイメージ、事物のイメージ、建築のイメージから見られた進化的再建が、現代では広告、映画などマスコミを通じて知らず知らずにコード化され浸透する。これは実体の判らない影のような存在である。私たちはそれが何かも知らずに記憶する。そのような記憶のコードを眺める、これが私の作業である。(ジョン・ソンジュ)
「≒焼失計画」 柴野緑|Midori Shibano
私は去年の冬、たくさんの枠を積み重ねて並べる作品を制作しました。これは人の意識の中にあるウチとソトの境界感覚を造形化したものです。今回の展覧会では、そのオリジナルの枠をフロッタージュによって和紙に写し取り、それが存在した痕跡を記録し、実体(枠そのもの)は焼失させます。この燃やす行為に立ち合った人々の心の中に、私の作品がどのように記憶されていくのか?
それがこの「焼失計画」の目的です。「神話」もまた形のないもの。記憶の中にのみ存在するもの。形がないところにこそ、そのもの本質があると私は考えています。(柴野緑)
「The Mythycal States」ソン・ユリ|Song, Yuri
私は「神話」とは常に変化しているものだと思います。「神話」に同じ意味はありません。それはそれぞれの土地の文化や時代に影響されながら変容を続けている存在です。私が壁に即興的なドローイングをおこなうとき、はじめからきまったイメージは持たないようにしています。色や形は、その場所の様々な状態に呼応しながら自由に変化していきます。まるで神話のように。今回の展覧会では、私は隣に展示している望月梨絵さんの絵画と色や形で対話しています。私がこの作品を描き上げ、韓国に戻って仕事を始めたとき、私の描く神話の姿はすでに異なるものになっているでしょう。イメージは、私自身の移動や経験とともに自在にその姿を変えていきます。それは常に動いている。私の人生と同じように。その意味において、「神話」は私にとって現実の存在であり、いつまでも未完のままです。(ソン・ユリ)