【マンガ教育対談?文芸学科×美術科】リアリティを持った“雑学”が、さまざまな要素の集合体であるマンガをより深く面白くしていく/石川忠司文芸学科長×青山ひろゆき美術科長
インタビュー
#マンガ#教職員#文芸学科#美術科マンガ教育対談?第1弾では文芸学科の石川忠司学科長とナカタニD.准教授に、文芸学科でマンガを本格的に学ぶことの強みについてあらゆる角度から語っていただきました。第2弾となる今回は、前回に引き続き石川文芸学科長と、美術科洋画コースの青山ひろゆき美術科長の対談をお送りします。近年、両学科の卒業生から多数の「マンガ家」が誕生するなか美術科では、実はマンガ教育を目的とした授業科目はないと言います。それでもマンガ家が輩出される理由とは?その学びの背景に迫りました。
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一枚の絵を描くことで培われる“物語性”
――美術科ではマンガ教育の位置付けをどのように捉えていらっしゃいますか?
青山:文芸学科も美術科も同じ芸術学部なんですけど、芸術って普遍性があるというか、今のものも昔のものも同じような価値を持って魅力的に見えるところがあるんですよね。絵画で言えば、過去の西洋絵画を見て文化も違うのに感動する人は今でもいて、マンガもそれと同じなのかなって。やっぱり面白いマンガは面白くて、それが人を感動させるというところにすごくアート性を感じますし、美術と類似性を感じる分野だと捉えています。絵というのはただものを見て描くわけじゃなくて、いろんな記憶とか出会いとか、あと学んだことも含めて集約してぎゅっと一枚にまとめたものが絵画なので、物語性とかストーリー性はもともと備えていたりするんですね。でも人間には「一枚じゃ収め切れない」という欲望というか欲求が絶対あって、そういうものがマンガに展開してきたりするのかなと思っています。
――マンガ家を目指して美術科に入る学生というのはどの位いますか?
青山:少数ですね。「実はマンガも描いてます」っていうのをあまり表面には出さない学生が多くて。世の中的に絵を描いてるのとマンガを描いてるのとだったら、マンガをちょっと隠そうかなって価値観で捉えちゃうんですかね…。
石川:マンガ家志望の子は、それを美術科の中で公言しないんですか?
青山:最近になってようやく言うようになってきました。「マンガ描いていいよ」ってことを僕らも言ってはいたんですけど、それを後押ししたり応援するようなことをあまり発してこなかったというのはあるかもしれません。あと「マンガ家になりたいから大学に行く」って言って認めてもらえなかった子もいるかもしれませんね。
石川:佐藤タキタロウくん(洋画コース卒業生?マンガ家/第48回JUMP新世界漫画賞準入選)が在学中、うちの文芸の学生と一緒にマンガサークルをつくって、マンガとかマンガ評論を載せた雑誌を学祭で売ったりしていたんですけど、ああいうタイプの学生は割とめずらしい…?
青山:それこそ藤本タツキくん(洋画コース卒業生?マンガ家/少年ジャンプ+にて『チェンソーマン』連載中)が卒業制作でマンガを出した時から変わってきたと思います。彼もタキタロウくんもマンガで挑戦して、去年も二人ほどマンガで卒業制作をつくりましたから。とは言えやっぱりマンガ本ではなく、メインビジュアルとしてのマンガっていう扱いの卒業制作じゃないとなかなか認められないところはありますけど。
――以前、藤本さんにインタビューした際「昔から物語をつくるのがとても好きだった」とおっしゃっていたんですが、美術科では物語性についてどのように指導されていますか?
青山:2年生の後半頃から、オリジナルのテーマ→コンセプト→ステートメントという三段階で、徐々にストーリー性を高めていくようにしています。あと、その作品に至るまでのストーリーを文章で出すというのもあるんですけど、“自分の過去”とか“思い”とか“夢”だけではダメで。あくまでも学術的なものがコンセプトであって、ステートメントはもっと対社会的な部分の視野を広げたものにする、というところまで書くことで文章の中身を高めてもらっているんですが、指導する僕らも文章のプロじゃないのでなかなか文芸学科さんのようにはいかなくて(笑)。
石川:いや、こちらも絵に関しては全くの素人ですけど、絵って空間的に一瞬を切り取ったものじゃないですか。でも青山先生が最初おっしゃっていたように、時間的な要素というのも当然そこに入り込んでいくわけなので、一枚の空間的な表現をすれば時間的な訓練も積んでいることになりますよね。その辺はマンガのストーリーに生きていくところだと思うんです。実は藤本くんが在学していた時、「マンガを見てほしい」って言って研究室に来たことがあって。でも見たらすでに完成されてしまっていたのを覚えています。
青山:絵の中の構図的なものとかであれば僕らも「上手いな」っていうのは何となく分かるんですけど、ストーリーとか流れとか、そういう部分の根拠となるとやっぱり自信が持てなくて。でもそこはこういう大学ですから、「文芸学科の先生にちょっと見てきてもらいな」って言うようにしています(笑)。
石川:お互い努力し合って共存してきたんですね(笑)。でもタキタロウくんがマンガを見せに来た時もその時点で完成されていたので、おそらく美術科の教育を受ける中で、物語的な側面もちゃんと自動的に身に付いているんだと思いますよ。
青山:そうだとしたら嬉しいですね。美術科ではコロナ前まで、集英社の方と小学館の方が別々に来て、マンガを描いてる学生の作品を見て、いい学生がいれば担当を付けるっていう『出張編集部』をキャリアイベントとしてやっていたんですね。その時に「なぜか芸工大から結構いいマンガ家の卵っぽい子たちがいっぱい投稿してくる」ってことを言ってもらって。でも確かに各学年でいるんですよ、マンガ家になってる卒業生が。編集者の人とは“このままマンガ家でいくべきか、それとも一度就職するべきか”といった進路の話も一緒にするんですけど、マンガ家として育てるっていう部分ではとても親身になってくれますね。
石川:編集者と言えば文芸には変わり種がいて、二年の時に『ゲッサン』で新人賞を取って、そのままマンガ家になっていくんだろうなと思ったら、自分で自分の才能に見切りをつけて、逆にマンガの編集者になった卒業生がいるんですよ。
青山:それ面白いですね。
石川:今は集英社に採用されて『ヤングジャンプ』の編集者として頑張っているところだと思います。その子は批評的にいろいろ見えてしまうタイプで、そうすると自分の作品の良し悪しも全部分かっちゃうでしょ。ちょっと頭良すぎたな…(笑)。その分、編集者として活躍してくれてます。でもとにかく才能あるから、そのうちマンガ家に戻ったりもするんじゃないか。
青山:マンガ家の心も分かる編集者なわけですね。洋画にはマンガ家でありイラストレーターでもあって、京都芸術大学の通信のイラストレーションコースの非常勤講師もしてる卒業生が大学の近くに住んでいるんですけど、彼女が今、山形出身の写真家?土門拳の偉人伝マンガを描いていて。そのマンガというのはもともと大学に話が来たもので、それをマンガ家である彼女に依頼したんですが、そのアシスタントとして1年生がペン入れのアルバイトをする予定なんです。もうみんな憧れの眼差しで彼女のことを見てますね。ネームのこととか教えてもらうたび「すげー!」って。そんなふうに、プロを外部講師として入れていく試みを今後もやっていきたいなと思っています。
石川:それはいい経験になるでしょうね。
身体を通して得る経験のすべてが創造の源に
――今の時代を生きる学生の特徴などあれば教えてください
石川:今の子たちって、小説とマンガをはっきり区別しているかっていうと微妙で、なんかごちゃっと捉えているところがあるんですね。つい「文芸は言葉がメインで、洋画は絵がメイン」みたいに分割して考えてしまいがちなんですけど、今はもう当たり前のように言語表現とマンガ表現が並列しているんですよ。
青山:僕らが感じていた常識とはまた違った感覚を持っていて当たり前ですよね。今はスマートフォンっていう高性能な頭脳みたいなものがあって、情報がすごくインスタントに入ってくる。それを上手く活用して展開する力、それと自分の思考とか経験ってものをリンクさせるので、語ることの幅の広さは学生によって全然違ってくる感じがします。
――そういった情報の取り方について、普段から学生に伝えていることはありますか?
青山:リアリティのないものを、同じようにリアリティのない絵画やものに落とし込むっていうのはあまり良くないんじゃないかなと。もっとリアルな体験を学生のうちにさせたい。なので、今年から1年生の授業に取り入れたのが、熊肉を食べたり、探偵やバーテンダー、バンドマンといった人たちと会ってコミュニケーションを取ったり、あと温泉入ってきてもいいし山登ってもいいよっていう放置系のものや、養鶏場の人と一緒に野草を食べてみたり。授業でそういうリアリティのある実体験を通して、いろいろ考えてもらえたらと思っています。インスタントに情報が分かった気になったり体験した気になったりするのはやっぱり危険なので、それを実技に入る前にやろうと。1年生にとっても、新鮮な体験だったみたいです。
石川:それ、めちゃめちゃ面白いですね。文芸の学生も交ぜてくんないかな(笑)。やっぱり体験しないと理解したことにはならないんだよね。言葉として入ってくると理解したような気になってしまうんだけど、それは理解じゃない。本当に言葉を理解するって身体レベルでのことだから、それはすごく良い授業だと思いますよ。
――そうやって “リアルな体験”を大切にするというのは、高校生のうちからでも意識しておけそうですね
青山:僕はよく「高校生のうちに、高校生ができることを全部やった方がいいよ」って話をしています。高校生だからできる勉強とか遊び方っていっぱいあると思うんですよね。
石川:それはまさに大学生活にも言えることで、いろんなところへ旅行に行ったり、アルバイトしたり、たまに友達とバカなことやったり。そういうのも全部、就活の時のエントリーシートに書けますからね。
――そう考えると、コロナ禍であまり外に出られなかった時期の学生はいろいろ思うところがあったでしょうね
石川:やっぱりアパートに籠もって絵を描くのと、美術棟のあのデカい空間の中で描くのとで内容に影響は出ますか?
青山:出ますね。スケール感がかなり変わってくるのと、あと制作している人たちの姿が視界に入ってくることで新しい自分が覚醒する、っていうのもあったりするので。
石川:絵にしろ言葉にしろ、空間が広いっていうのはやっぱり内容にも影響を与えるんですね。
――また音楽を聴きながら絵を描いている学生もよく見かけますが、そういう“音”から受ける影響についてはいかがですか?
青山:石川先生はライティングされる時、どうしてますか?
石川:常に音楽かけてますよ。ブラックミュージックの狂ったようなファンなので(笑)。ずーっとジェームス?ブラウンかけてます。
青山:自分は人の会話をずーっと聞いてる感じですね(笑)。音楽をかける時もあるんですけど、やっぱり雑音の中で描くのが好きで。アートって、“どれだけ面白い考え方を持っていて、その考え方のアプローチがどうなっているか”だと思うんです。技術はやればやるだけ上手くなりますけど、上手いだけじゃ全然意味がない。ピカソとかモネとかセザンヌなんて、上手いかって言ったらあれデッサン的にはおかしいんですよ。それでも世界でこれだけ認められているのは、技術的価値よりも芸術的価値の方が勝っているからで、それはマンガにも通じる部分だと思っています。やっぱり自分の考え方を高める方が何においても重要であって、学問として答えがある授業ばっかりではダメなんですよね。そうなると“動機づけ”になるような学びがメインになってくるのかな、と。今の雑音の話のように“雑学”ってものが大学の教育としてあった方が、学びとしては深いもの?強いものになっていく気がするんですよね。
石川:いや、ホントに。最終的に学びになるものって“副産物として得たもの”だったりしますから。
青山:そうそうそう!
石川:それを初めから目的にしてやっていたら多分手に入らないんだけど、一生懸命やった結果、手に入ったってものが一番重要だったりするので、そういう意味でもいろんな方向性があってごちゃごちゃしてるって結構大事ですよね。今年から文芸学科でマンガを教えてくれているナカタニ先生はものすごくいろんな経験をしていて、それはもう地獄のような経験を…(笑)。でもそれが全部今、マンガ家としての栄養素になっているんですね。そうやっていろんな要素を取り込むのがやっぱり“マンガ”だよな、って。
青山:マンガって文章的なものとかストーリーとか絵とか、いろんな要素が組み合わさってできているものですからね。
石川:技術以外の部分についてもこんなにちゃんと考えている大学ってあるのかな(笑)。創造的なものを生み出すにはどうしたらいいか、っていうね。
――ちなみに、今後「芸工大でマンガ表現を学んでいきたい」と考えている受験生は、進む学科をどのように判断したらよいでしょう?
石川:基本的には、“高校まで何をやってきたか”でしょうね。美術部に属して絵を描いてきて、マンガにも興味があるとなれば当然、美術科。で、文芸部に属して小説を書いてきて、でもマンガにも興味があるとなったら文芸学科、っていう感じかな。
青山:そうですね。それまでの歩み方で選択は変わってくるでしょうね。ただ芸工大の場合、入学後は洋画の学生が文芸の石川先生にマンガを見てもらうことだってできるわけですし、デザイン工学部も含めてその辺のつながりにハードルの低さがあるというのは、マンガを学ぶ上でもとても大きいと感じます。やっぱりいろんな学びがある方が、最終的にマンガ編集者になった文芸学科の卒業生のようにスケール感のある歩み方が生まれてくると思いますし。
石川:到達する目標としてマンガがあって「全部教えますよ」ってところよりも、うちの大学みたいなところでマンガ学ぶ方がいいんじゃないかな。
青山:マンガ以外のことやっちゃいけないってなったら、多分すごい窮屈になりそうですよね。美術科としても「マンガ描いていいんだよ」っていうのをもっとはっきり言っていきたいと思います。マンガも同じ“芸術”なので。
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今回の対談を通して実感したのは、文芸学科?美術科共に、それぞれの専門分野を学ぶことで身に付いた力がマンガを創作する上で絶対的な強みになっているということ。文芸学科であれば常に物語を創作することで得られるキャラクター設定の奥深さであったり、美術科であれば一枚の絵の中に自身の記憶や経験を集約することで得られる確かなストーリー性であったり。そこへさらに“雑学”を養う自由さやリアリティの追求、そして芸工大ならではの学科間での横断のしやすさが加わることで、マンガを描く上ではもちろん、人間としての幅や将来への選択肢も大きく広がっていると感じました。
(文:渡辺志織、撮影:法人企画広報課?加藤)
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石川忠司 教授 プロフィール
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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