第26回 猫年の女~アル?スチュワートの巻|かんがえるジュークボックス/亀山博之

コラム

今年の干支は?

 Happy new year!
 みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 お屠蘇気分を味わったのもつかの間、もう1月も後半。時のながれのいかに早いことか。なにはともあれ、また新年を迎えたのだ。今年は何年?そう、巳年だ。ヘビだ。Snakeだ!
 十二支。その1年を表す動物があるというのは、あらためて考えると興味深い。その昔、干支の12の動物の順番を決めるレースがあったそうで、牛のあたまの上にちょこんと乗っかったネズミがゴール直前にジャンプして1等になったから干支はねずみ年から始まるんだよ、とか、ネコはそもそもそのレースに呼ばれなかったから干支にいないんだよ、とか、子どもの頃そんな話を聞いたことがある。

愛猫トッティ
愛猫トッティ

 昨今のネコ好き人口の増加をかんがえれば、十二支にネコがいたら、一番人気の年になりそうな気がする。わたしもネコが好きである。19年10ヶ月生きてくれたわたしの愛猫トッティは、目に入れても痛くない存在であった。

スコットランドの寅さん

 干支に猫年がないのはやはり不満である。でも、その不満を少し解消してくれる曲がある。歌うのは、スコットランドのシンガー、アル?スチュワート(Al Stewart)だ。レコードジャケットの上のほうに小さく「旅情と恋をリリカルに歌ったシンガー?ソングライター」とある。まるで『男はつらいよ』の寅さんの紹介文みたいだ。旅して恋してフラれる、というテンプレートは山田洋次監督の偉大な発明だった。そんなことはさておき、そのスコットランドの寅さんことアル?スチュワートが1976年に発表したのが「イヤー?オブ?ザ?キャット(Year of the Cat)」つまり「猫年」の歌である。

「イヤー?オブ?ザ?キャット」日本盤
「イヤー?オブ?ザ?キャット」日本盤

 この猫年の歌、ピアノにギターにサックスにストリングスが合わさった、非常に爽やかでキレイな楽曲だ。当時流行っていた“AOR(アダルト?オリエンテッド?ロック)”にジャンル分けされるであろうもので、すなわち大人向けロックというだけに、洗練されて品のある響きが売りである。詩の内容もなかなか「大人向け」だ。猫年生まれの謎の女が現れて、きみはその彼女に魅了される。で、最後には別れる運命がチラつくのは寅さんゆずりである。

 On a morning from a Bogart movie
 ハンフリー?ボガードの映画のようなある朝
 In a country where they turn back time
 昔にタイムスリップしたとある国で
 You go strolling
 きみは散歩に出る
 through the crowd like Peter Lorre
 人ごみのなか ピーター?ローレのように
 contemplating a crime
 犯罪についてかんがえながら

 She comes out of the sun in a silk dress
 彼女はシルクのドレスを着て太陽から現れる
 running like a watercolor in the rain
 雨の中の水彩絵の具のように走って
 Don’t bother asking for explanations
 説明は求めないで
 She’ll just tell you that
 彼女はただこう言うだろう
 she came in the year of the cat
 猫年生まれなのよって

 十二支にネコはおりませんが、猫年生まれを自称する女が登場しましたよ。謎めいています。謎は不安を煽るものですが、好奇心をも煽るため、魅力も2割増しになるのかもしれません。というわけで、曲が進行するとともに、きみは彼女に首ったけになっていくのです。

 She doesn’t give you time for questions
 彼女は質問の時間なんてくれないんだ
 As she locks up your arm in hers
 彼女はきみの腕をしっかりつかまえるもんだから
 And you follow
 きみは付いていくことになる
 till your sense of which direction
 どこに向かっているのか
 Completely disappears
 完全にわからなくなるまで

 By the blue tiled walls
 青いタイルが貼られた壁のそば
 near the market stalls
 マーケットのお店の近く
 There’s a hidden door she leads you to
 隠れとびらがあって、彼女はきみをそこへ連れて行く
 These days, she says, I feel my life
 最近ね、と彼女が言う「人生って
 just like a river running through
 猫年を流れる
 The year of the cat
 川みたい」

 Why she looks at you so coolly
 どうして彼女はきみをこうもクールな目で見るのか
 And her eyes shine like the moon in the sea
 彼女の目は海の月のように輝いている
 She comes in incense and patchouli
 彼女はお香とパチョリのにおいをさせて現れる
 So you take her,
 そしてきみは彼女を連れ出す
 to find what’s waiting inside
 猫年には何が待ち構えているのかを
 The year of the cat
 知りたいから

 女はお香とパチョリのかおりがするという。香害が社会問題になっている今日ではあるが、この猫年の女のかおりはいったいどんなだろうか。頭が痛くなるような香りではイヤだなあ、けど、いいにおいだったら、きっとかなり独特な部類の香りなんだろうな、と詩の中の猫年の架空の女なのに関心を高めてしまっている自身にふと気がついた筆者である。

 Well, morning comes
 で、朝が来て
 and you’re still with her
 きみはまだ彼女と一緒にいて
 And the bus and the tourists are gone
 バスと観光客はみんないなくなって
 And you’ve thrown away your choice
 きみは選択肢はもう捨ててしまったし
 and lost your ticket
 チケットも失くしたし
 So you have to stay on
 ずっといなきゃいけない

 But the drumbeat strains of the night remain
 けれど、夜のドラム?ビートの余韻はまだ残っている
 In the rhythm of the new-born day
 新しい一日のリズムのなかに
 You know sometime
 いつか
 you’re bound to leave her
 きみは彼女と別れないといけない
 But for now you’re going to stay
 でも、今は、きみはとどまるつもり
 In the year of the cat
 猫年のこの1年
 Year of the cat
 猫年に

 猫年の女とは一体???謎を残しつつ、タイやベトナムでは卯年のかわりに猫年を設定しているそうだ。ちなみに、次の猫年は2035年である。

予告編公開

 わたしが所属するピアノ連弾ユニット「夕ヶ谷姉妹」は、今年の芸工祭に出演予定です。昨年は雨でリサイタルが中止となり、誰もその姿を知らないまま2025年を迎えたわけですが、予告動画がやっと完成。
 撮影場所はやまがたクリエイティブシティセンターQ1。Q1オープンにあたり修繕された1927年製のベヒシュタインピアノをお借りして演奏しています。Q1、そして、山形市へ、撮影へご協力いただきまして感謝申し上げます。なお、お揃いのワンピースの衣装があるのですが、今回は諸事情によりわたしだけ着ています。ご覧ください。

夕ヶ谷姉妹の予告動画(製作:夕ヶ谷企画?sister#3 mori)

 さあ、新年が始まりました。次の猫年をめざして、まずはこの巳年を楽しく過ごしましょう。Here’s looking at you, kid! (きみの瞳に乾杯!)

若かりし頃のわたしとトッティ
若かりし頃のわたしとトッティ

 それでは、次の1曲までごきげんよう。
 Love and Mercy

(文?写真:亀山博之)

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亀山博之(かめやま?ひろゆき)
亀山博之(かめやま?ひろゆき)

1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。

著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。

趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。